プレイリストを人に見せるのが、少し恥ずかしい理由
SpotifyのプレイリストをAirDropで友達に送るとき、一瞬だけ躊躇する。
なんでだろう、とずっと思っていた。
別に恥ずかしい曲が入っているわけじゃない。。
でも、なぜか「送っていいかな」と思ってしまう。
その感覚の正体が、最近やっとわかってきた気がする。

プレイリストって、すごく個人的なものだと思う。
曲順とか、どのタイミングでどの曲を入れたかとか、そういうことに、その人の「今」がそのまま出る。
意図してなくても出る。Kendrick Lamarの隣にAdeleが入っていたり、めちゃくちゃ古いR&Bが突然出てきたり。ジャンルもテンポもバラバラなのに、自分の中では全部つながっている。
でも他人から見たら「この人、何が好きなんだ」ってなる。
日記を見せるのと、少し似ている気がする。
Hip-Hop / R&B担当として、私は普段「この曲はこういう意味がある」「この歌詞はこういう背景がある」という文章を書いている。
分析する側にいる。
でも自分のプレイリストは分析できない。
脈絡がなさすぎて。
先週、深夜に作業しながら聴いていたプレイリストには、Kendrick LamarのDNAの次にSZAのSnooze、そのあとになぜか中森明菜の少女Aが入っていた。
自分でも「なんで?」と思ったけど、その夜の気分にはちゃんと合っていた。
これを人に見せたら、絶対「え?」ってなる。
でも最近、その「え?」ってなる部分こそが、その人の音楽の聴き方のいちばん正直なところなんじゃないかと思い始めている。
ジャンルとか、カッコよさとか、そういうものを全部取り払ったところに残る「今夜これが聴きたい」という感覚。
それがプレイリストにそのまま出る。
だから恥ずかしいのかもしれない。
カッコつけられない。
MUSINAはジャンルをまたいで音楽を聴くメディアだけど、私が思うジャンルをまたぐいちばん正直な場所は、実は誰にも見せていない自分のプレイリストの中にある気がしている。
今度、思い切って誰かに送ってみようかな。中森明菜ごと。
— NARI