Jazz×Hip-Hopの交差点──なぜ現代のラッパーはジャズを引用するのか
この記事でわかること
- 01.A Tribe Called Questの1991年から、Kendrick Lamarの2015年まで──ジャズとHip-Hopが交差してきた30年の歴史を読み解く。
- 02.なぜラッパーはジャズをサンプリングし、なぜジャズミュージシャンはヒップホップのビートで演奏するのか。その答えに、音楽の本質がある。
- 03.ジャズを入口にしてHip-Hopを聴く、Hip-Hopを入口にしてジャズを聴く──ジャンルを越境するための地図。
ジャズとHip-Hop。
一見すると、全く異なる音楽に見える。
ジャズは1920年代のニューオーリンズから生まれ、即興演奏と高度な音楽理論を武器に発展してきた。
Hip-Hopは1970年代のブロンクスから生まれ、サンプリングとビートとラップを武器に世界を席巻した。
時代も場所も、表現の方法も違う。
しかし、この二つのジャンルは深いところで繋がっている。
どちらも黒人音楽の伝統から生まれ、どちらも「今この瞬間を音にする」という衝動を持ち、どちらも社会への問いかけを音楽に込めてきた。
Jazz / Soul担当ライターとして、今回はこの二つのジャンルが交差してきた歴史を整理したい。
ジャズを聴く人がHip-Hopへ、Hip-Hopを聴く人がジャズへ──その橋渡しになれれば、これ以上ない。
なぜラッパーはジャズをサンプリングするのか
Hip-Hopにおけるサンプリングの歴史は、ジャズのレコードを「掘る」ことから始まった。
1970年代後半から80年代にかけて、DJたちはジャズのレコードからブレイクビーツ(曲の中でドラムだけが演奏される部分)を見つけ、繰り返し再生することで新しいビートを作った。
ジャズが持つ「グルーヴ」と「空気感」は、ヒップホップのビートに乗せると驚くほど相性が良かった。
しかしサンプリングはただの「素材の使い回し」ではない。
ラッパーたちはジャズの持つ精神性──即興性、自由、抵抗──を、自分たちの音楽に引き継ごうとした。
マイルス・デイヴィスが「Kind of Blue」で確立した「ゆっくりと呼吸するような音楽」の感覚は、Hip-Hopのビートの「余白」の取り方に直接影響している。
最初の交差点──A Tribe Called Questと『The Low End Theory』(1991年)
ジャズとHip-Hopの融合が明確な形を取った最初の作品として、A Tribe Called Questの2ndアルバム『The Low End Theory』(1991年9月24日リリース)は欠かせない。
Q-Tip、Phife Dawg、Ali Shaheed Muhammadからなるこのグループは、ジャズのレコードをサンプリングしながら、その上に会話するようなラップを乗せた。
特に「Verses from the Abstract」では、ジャズレジェンドのロン・カーターがライブでコントラバスを演奏している。
スタジオ録音にジャズミュージシャンが参加するという、当時としては異例の試みだった。
「Check the Rhime」「Buggin’ Out」「Jazz (We’ve Got)」──ミニマルなベースラインとシンプルなドラムの上で繰り広げられるラップは、ジャズの即興演奏と同じ精神を持っている。
「ビートの上で自由に話す」という行為は、「コードの上で自由に演奏する」というジャズの本質と根本で同じだ。
Guru『Jazzmatazz Vol.1』(1993年)──ライブ演奏という選択
Gang StarrのMCであるGuruが1993年にリリースした『Jazzmatazz Vol.1』は、サンプリングではなくジャズミュージシャンとのライブ演奏によってジャズとHip-Hopを融合させた先駆的な作品だ。
Donald Byrd、Branford Marsalis、Roy Ayersなどのジャズミュージシャンがスタジオに入り、Guruのラップに合わせてリアルタイムで演奏した。
「サンプルを使う」のではなく「一緒に演奏する」という選択が、このアルバムをジャズラップの歴史において特別な位置に置いている。
Kendrick Lamarと『To Pimp a Butterfly』(2015年)──現代の到達点
2015年3月にリリースされたKendrick Lamarの3rdアルバム『To Pimp a Butterfly』は、ジャズとHip-Hopの交差点における現代の最高到達点だと私は考えている。
このアルバムの制作にはジャズピアニストのRobert Glasper、ベーシストのThundercat、テナーサックス奏者のKamasi Washington、プロデューサー兼サックス奏者のTerrace Martinが参加した。
彼らはHip-Hopのビートの上で、ジャズのライブ感覚で演奏している。
「King Kunta」「Alright」「These Walls」──それぞれの楽曲がジャズの即興性とHip-Hopの言葉の力を同時に持っている。
Kendrickのラップはビートの上で「語る」のではなく、ビートと「対話」している。
それはジャズのインタープレイ(演奏者同士の対話)と本質的に同じだ。
MUSINAでも「Kendrick Lamar『GNX』5つのポイント」等でKendrickを取り上げてきたが、彼の音楽の深みを理解するにはジャズとの接続を知ることが不可欠だ。
Robert Glasper──橋を渡り続けた男
ジャズとHip-Hopの橋渡し役として、Robert Glasperという名前は外せない。
ジャズピアニストとして訓練を受けながら、Kanye West、Common、Kendrick Lamarとのコラボレーションを通じてHip-Hopのフィールドでも活動してきた。
2012年のアルバム『Black Radio』はその集大成だ。
Erykah Baduが「Afro Blue」をカバーし、Lupe FiascoとMusalを迎えた楽曲も収録されている。
ジャズアルバムとしてもHip-Hopアルバムとしても機能するこの作品は、二つのジャンルの境界線が実は存在しないことを証明した。
なぜこの二つのジャンルは引かれ合うのか
ジャズとHip-Hopが繰り返し引かれ合う理由は、音楽的な相性だけではない。
どちらも「黒人音楽としての抵抗と表現」という文化的な文脈を共有しているからだ。
ジャズが1920〜30年代に人種差別に抗いながら自由を音楽で表現したように、Hip-Hopは1970〜80年代にゲットーの現実を音楽で語った。
表現の形は変わっても、「今ここにある感情を、ありのままに音にする」という衝動は同じだ。
それがサンプリングという行為に現れている。
ラッパーが古いジャズのレコードを「掘る」とき、彼らは単に「良い音を借りている」のではない。
先人が刻んだ感情と精神を、自分たちの文脈に引き継いでいる。
ジャズからHip-Hopへ、Hip-HopからジャズへのRecommend
ジャズを聴いていてHip-Hopに行きたい人へ
まずA Tribe Called Quest『The Low End Theory』(1991年)から。
ジャズのグルーヴがそのままHip-Hopになっている感覚がある。
Hip-Hopを聴いていてジャズに行きたい人へ
Kendrick Lamarの『To Pimp a Butterfly』(2015年)に参加したKamasi Washingtonのソロアルバム『The Epic』(2015年)が最短距離だ。
Hip-Hopの語り口でジャズを理解できる。
両方を一枚で体感したい人へ
Robert Glasper『Black Radio』(2012年)。
ジャズとHip-HopとR&Bが境界なく混ざり合っている。
ジャンルの壁は、最初からなかった
MUSINAのコンセプト「ジャンルをまたいで、まだ知らない”好き”へ」という言葉は、ジャズとHip-Hopの関係に最もよく当てはまると私は思っている。
この二つのジャンルは最初から繋がっていた。
壁を作ったのは人間で、音楽自体はずっと自由に流れていた。
その流れを辿ることが、まだ知らない「好き」への最も豊かな旅になる。